お金がない自分が情けなさすぎる

女性の医師雑記

僕のように300万円以上の借金返済に苦しみ、日々もがきながら生きていると、ブログにでも書いて、ネタにするくらいじゃなければやりきれないようなことが多々ある。

他人が読んだらどうってことのない内容かもしれないが、悲哀に満ちた話を少しだけ読んでほしい。


一昨日のことだが、飲み薬と保湿クリームを処方してもらうために皮膚科を受診した。

いつもはおばあさんの先生が診察してくれるのだが、昨日は若くてきれいな女医さんが診察してくれた。

マスクで顔は半分隠れていたが、AV女優の稲川なつめそっくりだった。

そのきれいな女医さんが「コロナウイルスでこの先どうなるかわからないので、飲み薬だけいつもより多めに処方しておきますか?」と聞いてきた。

だが、今の僕にはお金に余裕がないので、処方してもらう薬は最低限にしておきたいところ。

借金の返済や食費などのためにもお金を残しておかなければならないし、薬が足りなくなったら、その都度また処方してもらえばいい。

もちろん女医さんは、コロナウイルスの影響を考え、厚意で多めに飲み薬を処方してくれようとしただけで、僕が金欠なことなど知る由もない。

いつもは2週間分を処方してもらっているが、最近は特に金欠(カードローン3社滞納中)なので、本音では1週間分だけ処方してもらえば充分だった。

・・・なのに結局、4週間分の飲み薬を処方してもらってしまった。

断れば済む話なのに、きれいな女医さんの前で、ついつい見栄を張りたくなってしまったのだ。

キャバクラで可愛いキャバ嬢が「私もいただいていいですか?」と聞いてきて断るのは勇気がいるだろう。

あれと同じ感覚だった。


この時に財布の中に入っていた現金は2,500円しかなかった。

持っている現金(全財産)は全部で約1万円だったが、この1万円全てを財布に入れておくとついつい無駄遣いしてしまうので、財布には2,500円だけ入れて残りは家に置いて行った。

いつもは皮膚科の受診料と薬代でだいたい2,000円に収まるので、余裕を持って2,500円にしておいた。

おそらく500円くらい余るので、帰りに吉野家で牛丼をテイクアウトして家で食べよう、という算段だった。

しかし、女医さんの誘惑に負け(?)、いつもの倍の飲み薬を処方されてしまった。

それでも、塗り薬はいつもと同じ量で処方してもらったのでギリギリ2,500円あれば足りるような気がした。

吉野家の牛丼は諦めなければならないが、まあ仕方ない。

診察料は600円だったので、財布の中の残りは1,900円になった。

なんだかんだで足りると思っていたし、最悪、家にお金を取りに行けばいいと思っていた。


そのまま皮膚科からすぐのところにある薬局に行って調剤をしてもらった。

そして、いざ会計。

会計担当の薬剤師「1,910円です」

・・・10円足りなかった。

財布の中には1,900円しかない。

家に帰ればお金はあるというものの、財布の中のお金が足りなくて払えないってこんなに恥ずかしいんだ、ということを再確認した。

僕が絶望していると、会計担当の薬剤師が言った。

「あ、カードも使えますよ」

おそらく、僕の財布に入れてあるクレジットカードが見えて、気を利かせて言ってくれたのだろう。

しかし現在、僕のクレジットカードのショッピング枠は全て使い切っており、利用不可能になっている。

「あ・・・たぶん使えないので・・・」と僕は弱々しい声で言った。

会計担当の薬剤師と僕との間に、気まずい空気が流れる。

「すみません、引き出してきます」と僕は、てへへ、といった感じで言った。

もちろん口座残高は0円なので、家に帰らないとお金はないのだが。


了承をもらい、僕は家へ急いだ。

その薬局と家との往復時間は、歩いて約30分。

お金を引き出すだけなら、銀行でもコンビニでもできるのだから、だいたい10分あればできるだろう。

だから、30分も時間をかけていては、「あいつ何やってるの?」と疑いをかけられてしまうだろう。

だから走って家にお金を取りに行き、休む間もなくまた薬局まで走り、10分後には何食わぬ顔で薬局に戻ることにした。

しかし、数十メートル走ったところで、ふと我に返った。

あれ、俺10円のためだけになんでこんなことしているのだろう、と。

たった10円足りないだけなのに、こんな時間も体力も使うなんてバカげてきた。

そうだ、10円くらいなら道端に落ちていないだろうか?

あ、自動販売機の下ならありそうだな・・・。

走るのをやめ、歩きながら、地面をキョロキョロ、落ちている硬貨を探す。

小学生の頃はよく、細い棒で近所の自動販売機の下をほじくって、硬貨が落ちていないか探していた。

貧乏だったわけではなく、宝探しのような感覚で、それなりに楽しかった記憶がある。

しかし、さすがに大人になった今ではできない。

そうだ、10円くらいならそのへん歩いている知らない人からもらえないかな?

「ちょっと今どうしてもピンチなんで!」とか必死に頼みまくれば、誰か恵んでくれそうに思えてきた。

気付けば、だんだんと発想がホームレスのような感じになってきてしまっていた。

と同時に、会計時に現金が足りず、貯金もないし、キャッシングもできないし、クレジットカードも使えないような自分に嫌気が差してきた。


結局、家に帰るまでに道端に落ちているお金は見つけることができなかった。

普通に歩いて、家まで行ってお金を取ってきて、30分かけて薬局に戻った。

会計担当の薬剤師は、僕が思いのほか時間がかかったことで、少し不信感を抱いていたようだった。

僕にはお金が圧倒的にないのに、見栄やプライドは人並みにある。

なので、なるべく普通の人に見られるように必死になって隠し、生きている。

ただ、このブログやTwitterでは着飾らずに、ありのままを発信したいという矛盾した感情がある。

こんな思いを、これから先どのくらいして生きていけばいいのだろうか?

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